キーボード、CDプレーヤーをお届け!
2011.05.09
☆ジャイぱぱのボス、おはぎちゃんとの3人で気仙沼にある「キッズルームおひさま」
へ、支援物資をお届けしてきました。
中川ひろたかさんが立ち上げた「ともだちのともだち」
そしてmixiのジャイぱぱコミュで立ち上げた「みんなともだち」
両プロジェクトで集まった支援物資とみなさんのあたたかい気持ちも一緒に。
おいらたちは気仙沼の方々とは面識がなかったのですが、ミツル&りょうたさんのミツルさんからの縁で、今回お届けする運びとなりました。
気仙沼はおいらたちの住んでいる地域からも近い場所ではないので、ボスの保育園を早朝に出発!
震災以来なかなかジャイぱぱとして活動できないものだから、この車中での移動の時間はかなり貴重でした。
しばらくあーだこーだ言いながら山道を走っていると
「えぇ~~~~~~~~っっ!!」
と、突然ボスが声をあげる。
まわりを見ると津波のあとが・・・・・
だってここは周りが山に囲まれている場所なんです。
海だってかなり離れてる場所
なんでこんなとこまで津波がくるの?
津波のすさまじさに緊張が走りました
そこからしばらく行くとようやく海が見えてきました
・・・・・・が
その後、到着するまで車内は会話がありませんでした。
天気が良くて、海はとても青くておだやかなのに
どこまでも続く瓦礫の山
とてもこの海がまちを飲み込んだなんて想像できない・・・
信じられない光景がそこにありました
言葉にならない・・・
正直、写真を撮るかどうかもためらいました。
でも
本当の現状
そこでがんばる方々の姿を少しでもたくさんの人に知ってもらわなければ。
そんなおもいで3枚だけ写真を撮りました。



到着すると4人の先生たちが笑顔で出迎えてくれました。

園長の後藤先生
主任の菅原みきこ先生
菅原よしい先生
代表の里見先生
支援物資を一緒に運んでいただきながら
「わあ、これがあると助かるぅ!!」
「これも良いの~~?」
「これでみんなであそべるわね」
嬉しそうな声に、おいらたちも嬉しくなりました!!
「キッズルームおひさま」は、まだ開園していない託児ルーム。今月中旬に開園する予定だそうです。
3月11日の震災まで「南気仙沼幼児園」という定員百数十人という大きな施設だったのですが、海の近くにあり建物どころか土台まで根こそぎ流されていってしまったそうです。
先生、子どもたちは地震後すぐに避難しみんな無事だったそうですが、地震後確認のために園に戻った理事長先生が津波の被害にあってしまったそうです。
理事長先生はとても優しくて、子どもたちはもちろん、先生たちにもあたたかくてみんなが大好きだった先生だったそうです。その理事長先生の人柄が園のアットホームな雰囲気をつくってくれていたそうです。
理事長先生の後を継ぐ人がいないため、このまま「南気仙沼幼児園」は閉園となってしまうそうです。
残った先生たちで園を続けようにも、海沿いのもとあった場所で建物を建てることはできず・・
ほとんどの子どもたちは別の園に行くことになりますが、行けない子もたくさんいるそうです。
そして何より「南気仙沼幼児園」のあたたかい先生たちに育ててもらいたい保護者がたくさんいます。
そんな子どもと保護者の想いをどうにかできないかと、この4人の先生たちで保育ルームをつくることにしたそうです。
しかし、ただでさえ自宅や住む場所のない人が多い地域です。託児ルームをするためのアパートや建物が見つからず苦労したそうですが、なんとか倉庫を借りることができました。
この日はこの倉庫を工事していました。
広い倉庫なのですが、倉庫の別の部屋には家族が住んでいます。
避難所生活するよりも、倉庫であっても自分たちの生活空間があった方が良いそうです。
テレビでは伝わらない、大きな問題がまだまだ山積みです。
とにかく託児ルームを作ろうと動きだしてはみたものの、市からの助成や援助も期待できないそうです。
おいらもボスも、以前は無認可保育園の運営にも関わっていたので、園運営の大変さは知っているつもりです。今の状況での運営は本当に大変だと思います。
しかし
先は見えませんが、とにかく必要としている子どもたちのために、熱い想いで動きだした先生たちです!!
「キッズルームおひさま」の名前の由来は、みんなをいつでもあたたかくてらしてくれるおひさまのように、との想いからだそうです。
その想いはこどもたちをあたたかくてらし、そして子どもたちの未来を明るく輝かせてくれることでしょう!!
おいらたちジャイぱぱでも、今後もキッズルームおひさまを末長く応援していきたいと思っています。
みなさんの末長い支援も必要になっていくと思いますので、これからの御支援どうぞよろしくお願いいたします。















